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新聞の信頼と、マスコミの真実

 最近になってようやく新聞とHNKなどでも、福島原発1、2、3号機の原子炉の中で3/11日〜12日朝にメルトダウンが起きていたことを東電の発表によって、否が応でも取り上げるようになってきました。
 
今さらというか、地震後、2回目の爆発のあった状況からみても、
冷静に見て、どこか破損があってもおかしくないと思うのが普通で、
冷却水入れ続けても水が漏れ出るのではと思いました。
3月からその状況は変わらずで、下旬に地下に水がたまっているというあたりから、外部に水が漏れている=破損と考えるのは当然で、私達素人でもどこか破損している予測がつきます。
津波だけの影響のみでなく、最初から地震による被害がすでにあったであろう事も充分あり得ます。

2回目、3/14日の3号機の爆発映像はイギリスか?外国で放映のニュースに流れました。わりと直後に入手した日本のどこかのテレビ局放で流れた映像を、たまたま見ました、、
1回目、3/12日の1号機爆発とは違い、何段階にも爆発が起きて雲煙が登っていき、まるで小型のキノコ雲のようでした。
私は前回に見た1号機の爆発時よりかなり酷く、只事ではないと感じました、しかしなのに、その映像はその後一切テレビ上では出てこなくなり、どこも放映せず、まるで幻だったかのよう
その映像は、それきりテレビ上では、見ることはありませんでした。(ネットでは見れました)






どちらにしても、今までの対応の遅さには、最初からわかっていたのに、わざと小出しで出しているのか、本当に予測もつかないほどの脳天気で無知識なのか、あきれるばかりです。
政府や東電だけでなく、他の電力会社経営者も、マスコミも皆一緒。
3月の2回目の爆発後
不安をあおる言動は慎しむようにという、社会全体が暗黙の方向に流されました。
危険だと警告した、もと原子炉の設計者や、退職した配管施工監督者、活動家、放射線に知識のある学者達が、非難され、デマだと言われました。
そして電力がなくなると困る、という脅迫概念を、まず無計画な計画停電によって恐怖感と共に植え付けられ、
次は小出しに出てくる情報で、少しづつ麻痺させられながら受け入れさせられ
挙げ句の果て、もうこれ以上考えたくないと、国民は思考停止の状態に持っていかれようとしているのが現状だと思います。

国も政治家も電力会社も国民も、まず知識を得、危険を知るという事から何故始めないのでしょうか?







この状況であっても、それでも、政府というか国は、最終的には原子力が政策に必要だと持って行きたいようですが、ここまで馬鹿なら、つける薬は有りません。
きっと地球全体、生き物の中で人間が一番、愚かなのでしょう。

そうやって国中が地球中が、汚染どころか取り返しのつかない事になるまで、生き物が死に絶えるまで、そこに群がるビジネスや利権に、お金に、しがみつくのでしょうか?
それは市町村も同じです。
みんな一人一人にそれぞれ子供や孫がいるでしょうに、、、
個単体での命を大切に考えれない人に、いったい全体のことなどが考えられるのでしょうか。
馬鹿みたいです。いや、馬や鹿の方がもっと生きる上で立派です。

テレビは、スポンサーの意図寄りの報道になると予測つきますが
新聞へも疑問に感じることが多々あり、戦後、真に国民のために立った報道を誓って反省し、再生したはずの新聞社までこの有様とは、地に落ちたものです。NHKも同じく。
こういったことから
これなら、戦前、報道で誘導し国民を戦争へと充分駆り立てて行けたはずだなと、凄く納得してしまいました。


今日は、このところずっと続く怒りで書いて申し訳ないと思います。

 

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